私の子どもは不登校になり、ほとんど家から出れなくなりました。
そしてどんどんエスカレートしたのが、マイナス思考。
- どうせ何やってもできない
- たのしいことなんて何もない
- 生きてても意味がない
自傷行為で腕を噛むといったことも始まったタイミングで、このようなひどい悲観主義に。
親としては、言葉を聞いているだけで「わが子が自ら命を絶ってしまうんじゃないか」という恐怖を感じました。
しかし娘は現在、比較的楽観的な考えができるようになってきています。
特別なカウンセリングを受けたり薬を服用したわけではなく、声がけの方法を変えただけで少しずつ変化が始まりました。
在宅で仕事をする個人事業主。PCだけで好きな場所で仕事ができるよう奮闘中。
学校にいかな子どもと一緒に暮らす日々や仕事について気ままに発信。
好物はサツマイモ。
「オプティミストはなぜ成功するか-M.セグリマン」という、1994年に発行された本をたまたま読む機会がありました。
やや古い書籍ではありますが、なんとなく読んでいたら「わが子にも応用できるのでは⁉」と驚きました。
この書籍によると、悲観主義者は不健康になりやすく、本来の能力を発揮しにくくなってしまうため「楽観主義者っていいよね」ということが繰り返し書かれていました。
では楽観主義者がどんな考え方をするのか、私なりの解釈をお伝えします。
※書籍の内容を正確に反映するものではなく、あくまで私の考えです。
(なにせ読んだらすぐ忘れるので)
読みごたえがある本なので、ぜひ手に取ってみてください。
楽観主義者|良いことは普遍的で、ずっと続くし、自分が素晴らしいから
良いことに対する楽観主義者の考え方の例がこちら。
例:バスケットボールの大会でMVPに選ばれた!
MVPに選ばれたのは私のスキルのおかげ(自分が素晴らしい)。努力すればなんでも上手くいくし(普遍的)、次の大会でもMVPが取れる可能性は十分ある(ずっと続く)。
なんとなく、日本人にはない考え方ではないでしょうか。
これが悲観主義者になると、以下のような考え方になります。
MVPに選ばれたのはみんなのサポートがあったからで(環境が良かった)、バスケだから頑張れたし(限定的)、次も選ばれるかは分からない(一時的)。
悲観主義者のほうが控えめで、似たように考える方は多いのではないでしょうか。
でも、なんとなく楽観主義者の方が人生が楽しそうではありませんか?
自分の努力やスキルが素晴らしいから良い結果が得られて、他の物事に対しても良い影響をもたらし、良い効果は継続する。
こんな考え方ができるからこそ、楽観主義者はあきらめない、へこたれない精神が持てるのかもしれません。
楽観主義者|悪いことは一時的で今回に限ったことで、自分にはどうしようもなかった
悪いことに対する楽観主義者の考え方がこちら。
例:保険の勧誘電話をかけたら断られた
きっと今は食事の支度で忙しくて(一時的・自分ではどうにもならない)、次はタイミングをみて電話すれば大丈夫だろう(今回に限ったこと)
特に営業では、きつく断られたり、上手くいかないことが多くて心が折れてしまいがちです。
しかし、楽観主義者は上手くいかなくても「この人、このタイミングだけに限った話で、次の人は大丈夫だろう!」と思えるため、次々に電話をする気力が途絶えません。
では悲観主義者だとどうなるのか?
自分の話し方が原因で相手を不快にさせてしまい(自分が原因)、次の電話でも断られるかもしれないし(ずっと続く)、仕事が嫌だ(普遍的)
悪いことは自分に原因があり、次に上手くいく保証はないし、もう仕事全部が嫌だと捉えてしまうのが悲観主義者の考え方です。
ここまで、私の楽観主義者に対する考え方を紹介しました。
楽観主義者であれば、「失敗しても次は上手くいく」という気持ちで挑戦できるし、「上手くいった!やっぱり自分はすごい!」と自信を持てば、さらに向上心を強くするきっかけにもなります。
楽観主義者の注意点
楽観主義者は素晴らしいのですが、慎重さに欠けてしまうというデメリットがあります。
万が一のリスクやトラブルを想定する前に突き進まないよう、気を付ける必要があります。
「オプティミストはなぜ成功するか」のなかで、子供向けの悲観主義者レベルテストがありました。
すぐに診察をうけるほど深刻ではなかったものの、悲観主義の傾向が強いことが判明。
しかしそれよりも驚いたのが、自分自身が病院でのカウンセリングを推奨されるくらいの悲観主義傾向!
ふと「私の悲観主義的な考え方が、これまでの子どもへの声がけにも影響していた」ということが頭をよぎりました。
そこで私自身も楽観的に考えられるよう、心がけることをスタートしました。
私自身も「悲観主義的な考えからくる発言」をしないよう気を付けた
自分自身が悲観主義の傾向が強いため、声がけには最新の注意を払いました。
例えば、これまでは子どもが自主的に勉強ができた日には、こんな声掛けをしていました。
「今日はできたね!またやれるときにやってみよう」
今日「は」というのは、限定的で今回限りという表現です。
実際に、私自身が「今日はなんとかできたけど、明日以降はやれるかどうか心配」というマイナスな考えをしていました。
子どもからすれば、過去にやったことはカウントされておらず、また明日以降もやることを期待されていると感じてもおかしくありません。
そこで、ほめる際にも限定的にならないように気を付けました。
子どもにも楽観主義者の考え方を伝えた
子どもには、楽観主義者と悲観主義者というものがあることを伝え、物事の捉え方ひとつで楽しくもなるし、悲しくもなることを伝えました。
低年齢だと説明が難しいかもしれませんが、10歳にもなれば、なんとなく意味が理解ができると思います。
楽観主義者を意識してから起きた変化
わが子は、学校に行かなくなってから、小さなことがきっかけで人生全てがもうダメだと発言していました。
掛け算をやってみようと取り組んでも、自分は掛け算すらできない、将来も勉強ができない人生が待っているといったように、悲観的な考えを拡散していくような思考でした。
しかし今では、「掛け算は難しいけど、漫画の漢字はけっこう読める!」といったような発言をするようになりました。
- マイナスなこと(掛け算ができない)は一部分
- 他の物事に対して悪い影響はしていない(漢字は読める)
「ひとつダメだと、すべてがマイナス方向に進んでお先真っ暗」といった発言が少なくなってきたのは、私自身もとても嬉しい変化です。
楽観主義者について知り、親である自分自身を振り返ると、「自分自身がかなり悲観的に考えている」ことを実感しました。
でも、わが子が学校へ行かなくなり、勉強もせず家にいると、そりゃあ悲観的にもなりますよね。
誰よりも心配しているからこそ、わが子の将来に対して悪いイメージばかりが思い浮かぶ。
自然なことですし、私もそうです。
だからこそ、「子どもと一緒に親も楽観主義者の考え方について知る」のは良いことではないでしょうか。
以上が私が知った「楽観主義者」についての紹介です。
本ではたくさんの具体例も紹介されていて読みごたえがありますので、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。